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決まり切った運命の結末
僕は刑事である。刑事という仕事は、この街を犯罪から守り、救うことが仕事である。そして公務員のため、収入はきちんと保証されている。
といっても、意外と月給は安い。僕自身はあまり実感したことはないが、人に金額を話すと結構驚かれるので、一般的な感覚からするとそうなのだろう。そんな安月給でも、以前は使う暇など無いので貯金が溜まっていく一方だった。まあ、あまり金に執着しないタチなので、それを嬉しいと思ったことも殆どない――筈だったのだけど。
最近は、その貯金の減りが大分早くなってきている。今のところ、生活に困るほどではないが、少しばかり老後が心配になるくらいには。だが、僕はその事を特に苦に思っていないし、支出を抑える気も今のところは毛頭無い。
何故なら、その貯金の使い道は、結婚もしていない僕が、とある凄惨な事件から引き取る事になった娘の学費や食費になっているのだから。愛娘の為に使うのなら、多少の金銭的負担なんて気に留める価値もない。
「……」
あの雪の降った日から数年が経った。あの白い雪と同じ名を持つ娘は、当初のわだかまりもほぼ無くなり、僕を父と慕うようになってくれた。とても嬉しかった。
だが――比例して深刻な問題が最近になって持ち上がった。
それは、娘との時間がなかなか取れない事である。刑事というのは安月給の割に忙しい。夜討ち朝駆け当たり前である。おまけに、時には命が危険に晒される事さえある。ようやく、僕を父だと認めてくれたのに、コミュニケーション不足といういかにもありがちな理由で関係を壊したくはない。
だが、刑事というのは街と市民を守るために存在するのであり、要請があれば飛び出していかないわけにはいかないし、自分の性分としても困っている人を見捨てる事など出来ない。結果として、この問題は常に先送りにされる状態にあって……
結果、つい最近になって火山のように噴出した。
「あ――」
夜勤を終えて久しぶりに夕方に帰る事が出来た日、ちょうど玄関で学校から帰ってきた雪と出くわした。だが、雪は僕の姿を見ると慌てた様子で自分の部屋に駆け込んでしまった。
「……ふう」
とみに増えてきた溜息をまたついてしまった。最近、雪が目を合わせてくれないのだ。僕の姿を見ると、何となく怒ったような顔をして視界から消えてしまう。
彼女がこのような態度を取る理由は、理由は想像がついている。多分、拗ねているのだろう。僕は今まで子供を持ったことはないが、事件に巻き込まれた色んな子供を見てきた。そこで分かったことなのだが、子供というのはとにかく自分の感情をストレートに表現する。まだ上手く自分の気持ちを言葉で表現できない子供達は、そうやって行動で自分の思いを表すのだ。
雪の場合、つまり僕がずっと仕事のために一緒にいられないから――拗ねてしまっているんだろう。
それは、雪が僕と一緒にいられない事に対して怒っているという事であり――つまり、家族として認めてくれている証とも言える。
嬉しい。とても嬉しいのだけど……ずっとこのままなんて未来は御免だ。とにかく、この状態を解決する必要がある。
だが、これまで軍人、そして刑事という血生臭い人生しか歩んだ事のない僕では、なかなか名案も浮かばない。さて、どうしたものか。
警邏中の車の中で、子供好きのプーキーに相談してみた。しかし、プーキーは困ったような苦笑いを返すだけだった。
「うーん、それは難しいもんだな。根本的な解決策は単純で、お前が早く帰ってやれば良いだけなんだとは思うが……それは難しいしな」
「まあね」
プーキーが言う事ももっともである。いや、プーキーではなく誰に聞いても、きっと似たような回答が返ってくるだろう。
だが……そんな事が出来るなら、とっくにそうしている。しかし、現実は毎日ひっきりなしに犯罪が起こっているのであり、僕たちは一刻も早く解決が出来るように奔走している。いや、解決できるならまだマシで、迷宮入りになる事件も決して少なくない。犯人が明らかであったとしても、決定的な証拠がない限り、僕たちは逮捕する事も出来ないからだ。
それでも、被害者を見過ごすわけにはいかない。結果として、やはり帰れなくなっている。
「お前もさ、もっと我が儘になった方が良いと思うんだよ、俺は」
「しかし、捜査を放り出すわけにはいかないだろう」
「そりゃ、確かにうちの署は慢性人手不足で猫の手も借りたいのは事実だがな……それくらいの障害くらい、無視しないといけない時もあるぜ。他の刑事の仕事を一時的に増やしてしまうのと、子供をほったらかしにするのとどっちが悪い事だろうな」
「……」
プーキーの言う事も分かる。いかに人手不足とはいえ、公務員である以上――正確には、労働者である以上、僕らには休暇を取る権利がある。
だが――僕が参加すればそれだけ同僚の負担が減る事は間違いない。それに、僕がいる事で救われる命があるかもしれない。十人の警官なら犠牲者が出てしまう事件でも、十一人なら犠牲者を出さずに解決できるかもしれない。
たった一人、その現場にいるかいないかで、誰かの人生が左右される可能性が僅かでもあるはずだ。そんな事を考えてしまうと、もう必要以上に休もうなどと思えなくなってしまう。
「……」
無論、これまでも雪とは何度も遊んだ。仕事以外の時間は、全て雪のために使ったと思う。だが、それだけでは足りなかったようだ。
つまり、それだけ雪が自分の事を好きになってくれた訳だ。ずっと一緒にいたいと思ってくれている訳だ。
僕にとっては、涙を流してしまいそうなくらい嬉しい事だったのだけど――そこまで、自分を愛してくれた相手に、僕は何も返せない。
回答は出ている。でも、その回答を選べない――
「緊急通報です」
益体もない事を考え、それでも街を見つめる視線は弱めずにいると、車内の無線機から聞き慣れた女性の声が聞こえた。彼女には悪いが、この声を聞く時はいつも悪い事ばかり起きてしまうから、あまり聞きたくなかったりする。
「レザーエリアA2ブロック、廃棄された工場で女性を人質にした男が、ナイフを持って立て籠もってます。付近の警官は大至急、現場に急行してください。繰り返します……」
嘆息しつつ、隣のプーキーを見やった。プーキーは、おそらくは僕と同じような苦笑いをその毛むくじゃらの顔に浮かべつつも、目に宿った輝きは既に現場に立つ刑事の物だった。
僕は一回だけ頷くと、アクセルを一気に踏み込んだ。
「おや、どうしたんだい、雪」
「あ……エルネスタのお婆ちゃん」
あたしが得意先に薬を届けた帰り道に出会ったのは、ガラの娘となった雪だった。雪は、あたしの姿が老婆に見えてるからそんな風に呼んでくる。
彼女は、どこかの店で何かを買ったのか紙袋を抱えていた。
「奇遇だね。久しぶりに足腰を鍛えようと歩いて家まで帰ろうとしたら、可愛らしい知り合いに会えたわ」
「ええ……お久しぶりです」
そう言って、雪は頭を下げる。そんな彼女を見て、あたしは感慨に浸った。かつて、氷のように冷たい目をした子供が本当にただの優しげな子供になっている。当たり前のように、人に頭を下げて挨拶できる子になっている。
「ああ、結構久しぶりだね。前に会ったのは、進学祝いにガラの家へ行った時以来だっけ……学校はどうだい?」
「あ、はい。楽しいです。友人も出来ました」
「そうかい、良かったね」
それは楽しそうな話題の筈なのに、どういうわけか雪の表情には少しばかり影がある。いや、理由は分かってるんだけどね……まだるっこしいやり方は嫌いなんで、あたしは会ったら言っておきたかった言葉をさっさと口にする。
「それにしても、随分と寂しそうだね。そんなに、ガラが一緒にいてくれないのが不満かい?」
「……え?」
行ってやると、途端に雪は泣きそうな顔になる。図星か……いや、まあそれくらいは年の功で分かるんだけどね。ガラからも、少しばかり相談を受けていたし。このくらいの子供は親を疎ましく感じるかもしれないけど……彼女の場合、これまで過ごしてきた人生を考えれば、親はとにかく恋しい時期だろう。
「……何かね。仕事が忙しいガラが、そんなに不満かい」
「……うん」
「はは……素直だね。ガラも嬉しいだろうよ」
俯く雪の頭を撫でてやる。少しばかり、小柄な身体が震える。同時に、抱えた紙袋もカサリと音を立てる。その瞬間、袋の中身がちらりと見えた。その中身は――
「……ガラはさ」
――やれやれ。ガラは幸せ者だね。そして、雪は本当に良い子だ。だから、ついつい背中を押したくなってしまう。
「あいつは、雪の事を嫌っている訳じゃない。それは分かるね?」
「……うん」
「でも、ガラは雪がいて欲しい時に一緒にいてくれない……哀しい事だけど、これも事実だね」
「……うん」
身体の震えが、少し大きくなった。
「でも、さ。雪は、その理由くらいは分かってるよね。で、だ……雪は、そんな優しいなガラが好きなのかい?」
「……」
雪は、少しだけ考えた後――ゆっくりと、頷いた。身体の震えは収まらないままだけど、しっかりと首を縦に振った。
「私、父さんが好き。色んな人のために頑張ってる父さんが好き」
そして、はっきりと口にした。
……全く、良い子だよ。この娘は。父親に甘えたいだろうに、喋りたいだろうに。そんな自分をほったらかしにしているガラに恨み言の一つでも言ってやりたいだろうに……こうして理解がある娘の『振り』が出来る。
普通なら、これくらいの言葉で――たまに会う婆さんの言葉だけで、背中が押されるはずはない。多分、ずっと頭の中では理解していたんだろう。そして、自分の気持ちを苦労して押さえつけようと努力してるんだろう。それは愛らしく、いじらしいくて……
ま、それくらいガラの事を理解して、愛している証拠だ。きちんと、アイツの娘になっている。
「その気持ちを自覚してるなら、良いさ。抱えているプレゼントくらいしっかり渡してやんな、喜ぶよ」
「……あ、分かりましたか?」
「ああ。さっき、ちらっと中身が見えてね。そんで――甘えられる時は困るくらい思いっきり甘えてやれ」
「……はい。有り難うございます」
最後は、しっかりと私の目を見て頷く。
それから、しばらく雑談した後、少女はしっかりとした足取りで自分の家へと帰っていった。その背を見ながら、あたしは一つだけ溜息をついてみる。
「やれやれ」
本当に――凄く素直な良い子になったものだ。あそこまで普通の女の子にするのは、とても大変だっただろうに。彼女を、ここまで育て上げた戦友の素晴らしさが誇らしい。
ま、ほんの少しばかり、惚れた男が別の女にうつつを抜かしているのが悔しいけどさ。
「……敵に塩を送るとは、あたしもまだまだ若いねえ……ねえ、ガラ」
「ん……?」
ようやく事件を解決させて、真っ暗な部屋に帰ってきた。立て籠もり事件は、今日は警官が突入する事は無く、ネゴシエーターが犯人を説得して人質を解放させるという、最良の結果となった。僕は、車内でプーキーと共にコーヒーで乾杯を取った。そして、一気にアクセルを踏んで制限ギリギリの速度で家に帰った。
だが、分かっていた事だけど時間は既に深夜。おそらく、雪も眠っているだろう。今日も、彼女とのわだかまりを解く機会を失った。時間はある。この生活は、ずっと続いていくのだから。でも、早く解決するに越した事はない。
「……?」
明日こそは……そう思って、ダイニングに入った僕が目にしたのは、テーブルの上にぽつんと置かれた紙袋だった。何だろうか。私の物ではないから、雪の物だろうが――何となく、デリカシーがないと怒られるかなと思いつつ、開けてみる。
「これは……」
入っていたのは、僕がいつも被っているのと同じ型の帽子だった。そして、さらにもう一つメッセージカードも入っている。
「……」
こんな、あまり構ってもやれない父親に対してプレゼントなんて、な。本当に、良い子だ。そして、子供にそんな余計な気を遣わせてしまうなんて、自分は父親失格だ。
「ああ……」
年甲斐もなく、胸に熱い物が込み上げてくる。こんな駄目な父親でも、雪はきちんと慕ってくれているのが分かってしまうから。文句の一つも言いたいだろうに、ただ黙って我慢できてしまう娘だから。
これ以上、彼女に我慢はさせられない。今度の休みくらいは、何が何でも遊びに行こう。
さて――メッセージカードの内容は、じっくりとソファに横たわって、リラックスして読む事にしようか。
後書き
恐ろしく久しぶりに、ホームページにSSをアップしてみました。
お蔵入りになっていたBullet ButlersのSSです。こういう親と子供の会話って、ただ書いてるだけで幸せになれますね。
平成22(2010)年 3月3日 辰田 信彦